音から組み立てる ぺろーん、十二、十一
「編棒を火の色に替えてから 冬野虹詩文集」を読む
十二人こはかったのとコーラのむ
画家として経歴をスタートさせ、詩・短歌・俳句のほかに童話や歌詞で活躍した冬野虹(1943-2002)の一句だ。何が、どうこわかったのかは、この句のどこにも書かれていない。ただ「十二人」という数だけが、やけにはっきりと置かれている。読み終わったあとも、指を折って数えたくなる。十二人は、多いのか、少ないのか。読むたびに、こわかったはずのものの輪郭が、少しずつ違う形に見えてくる。
慈悲心鳥十一十一ポテトかな
慈悲心鳥、と読んだ瞬間の重さと、ポテトという軽さの間に、「十一十一」がある。声に出して読んでみてほしい。じゅういち、じゅういち。何かが揚がる音に聞こえてくる人もいるかもしれない。数字のはずなのに、いつのまにか数字でなくなっている。この句を知ってから、私は「十一」という数字を、前と同じようには見られなくなった。
冬野は言葉を、まず音として聞く人だったのだと思う。それは俳句だけでなく、詩にも表れている。
ぺろーん は
ギリシャのことば
運ぶということばのこころ
花は
あんとす
海は
たらっさ
たらっさあんとすぺろーん
と言うと
海の花を運ぶ
となるのかな
意味がわかる前に、音だけがまず届く。「ぺろーん」がなぜ「運ぶ」なのか、理屈で説明されても、たぶんこの詩の喜びは半分も伝わらない。声に出して、自分の耳で聞いてみるしかない。
冬野虹という人が、なぜこうも言葉の音にこだわったのか。手がかりはある。20歳ごろから英会話を、26歳ごろからはフランス語を学んでいたという。母語の外に出て、意味の分からない音の連なりとして言葉に出会う経験を、彼女は繰り返していた。外国語に触れてきた経験が、日本語を音として扱う表現へと向かわせたのかもしれない。


